ものづくりの始まり
代表・増田薫は、2012年10月15日にプラスワン・マーケティング株式会社を設立し、FREETELのモバイル端末の企画・開発に取り組みました。
最初の仕事場は、ワンルームマンションの一室。4人でノートPCを囲むところから始まりました。
考え、試し、直しながら、一つずつ製品を形にしていきました。


OUR STORY
代表・増田薫のものづくりの経験は、
2012年のFREETELにさかのぼります
PLUS ONE MARKETING / FREETEL
PLUS ONE MARKETING / ARCHIVE 2012–2013
プラスワン・マーケティング時代の記録です。
代表・増田薫がFREETELの製品開発に取り組んでいた頃を、当時の写真と個人の回想でご紹介します。
代表・増田薫は、2012年10月15日にプラスワン・マーケティング株式会社を設立し、FREETELのモバイル端末の企画・開発に取り組みました。
最初の仕事場は、ワンルームマンションの一室。4人でノートPCを囲むところから始まりました。
考え、試し、直しながら、一つずつ製品を形にしていきました。

ブランド名を考え、紙に印刷し、実際に目で見て確かめる。
「freetel」という名前も、最初はこの小さな一枚から始まりました。

図面の中だけでは、製品は完成しません。
実際に触り、開け、試し、問題があればまた直す。
性能の高い部品を集めるだけではなく、使う人にとってどうなのかを考えながら、細部を詰めていきました。

名前を決め、試作し、何度も修正を重ねる。
やがて、一つの製品として形になりました。
当時の開発チームが考えたものが、初めて「商品」になった瞬間です。

一台の試作機から始まったものづくりは、やがて量産へ。
当時の開発チームが考えた製品が、工場で次々と形になり、ユーザーのもとへ届けられていきました。
ここから、FREETELの挑戦が本格的に始まります。

同じ頃、増田はプラスワン・マーケティングで大型タッチディスプレイの開発にも取り組んでいました。
人が触れ、書き、伝え、仕事や学びに使うためのデバイス。
増田が得た開発経験は、現在のTAKUMI Japanで教育や仕事の現場を考える際の視点にもなっています。

これは代表・増田薫の個人の回想です。2012年にプラスワン・マーケティングを立ち上げたとき、父から一枚の紙を渡されました。そこに書かれていたのが、山中鹿之助のこの言葉でした。
思い通りにならないことも、何度もありました。それでも、試して、直して、また挑む。
困難から逃げるのではなく、自分の力を試す。この言葉は、増田がものづくりに向き合う際に大切にしているものです。
憂き事の なおこの上に積もれかし 限りある身の 力試さん
― 山中鹿之助

プラスワン・マーケティングは、FREETELのスマートフォンのラインアップを広げながら、端末だけでなく通信サービスにも取り組みました。ここに掲載するのはプラスワン・マーケティング時代の製品・サービスです。
Mobile World Congress 2015では、「SAMURAI PROJECT」を掲げ、海外市場への製品展開を発表。
同社は2015年7月にFREETEL SIMを開始しました。




プラスワン・マーケティングは2015年頃から海外市場への展開を進め、2017年には23か国でFREETEL製品を販売しました。これはプラスワン・マーケティング時代の販売実績です。
同社はアジア、アフリカ、欧州、中南米など、多くの国と地域へ製品を届けました。
ナイジェリアでは、Googleの記者発表でFREETEL ICE2が発表されました。
TAKUMI JAPAN / SINCE JULY 2018
2018年7月、増田薫はTAKUMI JAPAN株式会社を設立しました。モバイル端末の開発経験を生かし、日本と米国の市場へ製品を届けてきました。
2018
代表・増田薫の回想
2018年春。
私は失意の中にいました。
そんな時、アメリカの通信事業者から一本の電話がありました。
「Hey, Masuda-san. ニュースを見たよ。大変だったね。
でもアメリカには、一度大きな失敗を経験してから、本当の経営者としての人生が始まる、という考え方がある。今すぐアメリカに来ないか。」という趣旨の言葉をもらいました。
電話を切った後、心が震え、涙が止まりませんでした。
もう一度やっていいのかな。。。と
これが人生最後のアメリカになるかもしれない。
そう思いながら、友人に渡航費を借りて、私はアメリカへ向かいました。

BRAND STORY / WHY KAZUNA?
アメリカに着き、キャリアの担当者に会いました。 すると、こう言われました。
「僕にとって、君は日本の“匠”だよ。 もう一度、会社をつくればいいじゃないか。」
その言葉を聞いて、その場で新しい会社の名前を決めました。
TAKUMI JAPAN。
その名前を伝えると、彼は言いました。 「いいね。ちなみにTAKUMI JAPANって漢字でどう書くの?」
私は「和匠」と書いて見せました。 調べてみると、「和匠」は“かずな”とも読める。 そう説明すると、彼は笑って言いました。
「いいね! KAZUNA!(かずーな)」
こうして、TAKUMI JAPANと、米国向けブランドKAZUNAが生まれました。


KAORU MASUDA / DEVELOPMENT PHILOSOPHY
軟鉄と鋼
ハードウェアとソフトウェア


日本刀は、しなやかな軟鉄と硬い鋼という、異なる性質を持つ素材を組み合わせ、何度も鍛え、磨くことでつくられます。
代表・増田薫は、ものづくりにおいて、この考え方をハードウェアとソフトウェアに重ねてきました。
性能の高い部品を集めるだけでは、使いやすい製品にはなりません。
ハードウェアとソフトウェアを一つの体験として設計し、使う人の視点で細部まで磨いていく。
そんなものづくりで大切にしてきたことをアメリカの事業者さんは”匠”と評価してくださったのだそうです。
MOBILE DEVICES / UNITED STATES
TAKUMI JAPANは、Verizon向けに「KAZUNA eTalk」「KAZUNA eTalk MYFLIX」を開発・供給しました。
米国各地のキャリアショップやWalmartなどを通じて販売。折りたたみ携帯電話からAndroidスマートフォンまで、2製品で累計250万台を出荷しました。
※KAZUNA eTalk・KAZUNA eTalk MYFLIXの2製品合計。TAKUMI JAPAN株式会社の出荷実績(自社集計)





KAZUNA eTalk5 / JAPAN
国内では、翻訳機「KAZUNA eTalk5」を展開。官公庁などに導入され、言葉の異なる人と人をつなぐ場面で活用されてきました。

KAZUNA eTalk5
2018年12月に発売したKAZUNA eTalk5は、話した言葉を訳す音声翻訳、カメラで撮影した文字の翻訳、離れた相手とのチャット翻訳を一台にまとめた翻訳機です。
3.5インチの画面と、使いやすさを考えた操作設計。旅行先での会話から、仕事や窓口でのコミュニケーションまで、言葉の壁を越えるための製品を届けてきました。
当時の発売発表を見る
TAKUMI TV / 2018年公開eTalk5で、人と人をつなぐ翻訳機KAZUNA eTalk5の使い方を紹介した当時の公式映像YouTubeで映像を見る 2019 / KAZUNA Selection
TAKUMI JAPANは、KAZUNA Selectionとしてゲーミングスマートフォン「Black Shark 2」の日本市場への正式導入を手がけました。
Black Shark社との提携により、日本向けの認証取得や通信バンドに対応したJAPANモデルを展開。2019年6月7日に国内で発売しました。

2026 / NEW ORGANIZATION
2026年、株式会社ハヤトはTAKUMI Japan株式会社へ商号を変更し、本店を移転。TAKUMI JAPAN株式会社の全株式を取得し、完全子会社としました。
現在はTAKUMI Japan株式会社を親会社とする体制で
教育と仕事の現場に向けた製品づくりに取り組む一方
NEXT TAKUMI その先へ一歩 踏み出します
NOW / EDUCATION / BUSINESS
代表・増田薫がモバイル端末などの開発を通じて得た、ハードウェアとソフトウェアを一体として考える経験。
TAKUMI Japanは、その視点を教育向け「あすなろBoard」と、法人向け「TAKUMI Biz Board」の製品づくりに生かしています。
使う人から考える。それが現在のTAKUMI Japanのものづくりです。


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