OUR STORY

使う人から考える
きちんと、一生懸命つくる

  1. 代表・増田薫のものづくりの経験は、
    2012年のFREETELにさかのぼります

PLUS ONE MARKETING / FREETEL

プラスワン・マーケティング時代の取り組み

PLUS ONE MARKETING / ARCHIVE 2012–2013

小さな部屋からものづくりは始まった

プラスワン・マーケティング時代の記録です。
代表・増田薫がFREETELの製品開発に取り組んでいた頃を、当時の写真と個人の回想でご紹介します。

2012ORIGINARCHIVE 01

ものづくりの始まり

代表・増田薫は、2012年10月15日にプラスワン・マーケティング株式会社を設立し、FREETELのモバイル端末の企画・開発に取り組みました。

最初の仕事場は、ワンルームマンションの一室。4人でノートPCを囲むところから始まりました。

考え、試し、直しながら、一つずつ製品を形にしていきました。

プラスワン・マーケティング創業時、一室で開発作業をするメンバー
プラスワン・マーケティング創業時の記録。ワンルームマンションの一室での開発風景。

2012BRANDARCHIVE 02

名前が決まった瞬間

ブランド名を考え、紙に印刷し、実際に目で見て確かめる。

「freetel」という名前も、最初はこの小さな一枚から始まりました。

手のひらに載せて見え方を確認したfreetelの紙ロゴ
プラスワン・マーケティング時代の記録。「freetel」の見え方を確認していた頃。

2013PROTOTYPEARCHIVE 03

形にして試す直してまた試す

図面の中だけでは、製品は完成しません。

実際に触り、開け、試し、問題があればまた直す。

性能の高い部品を集めるだけではなく、使う人にとってどうなのかを考えながら、細部を詰めていきました。

背面カバーを外して内部構造を確認している初期freetel端末
プラスワン・マーケティング時代のFREETEL端末。SIMスロットや内部構造を確認していた開発時の記録。

2013FIRST PRODUCTARCHIVE 04

アイデアが製品になった

名前を決め、試作し、何度も修正を重ねる。

やがて、一つの製品として形になりました。

当時の開発チームが考えたものが、初めて「商品」になった瞬間です。

開発メンバーの仕事場に置かれた黒いfreetel端末と緑色のパッケージ
プラスワン・マーケティング時代のFREETEL端末と製品箱。試作を重ね、製品として形になった頃。

2013SCALEARCHIVE 05

一台から始まった

一台の試作機から始まったものづくりは、やがて量産へ。

当時の開発チームが考えた製品が、工場で次々と形になり、ユーザーのもとへ届けられていきました。

ここから、FREETELの挑戦が本格的に始まります。

工場内に積まれた緑色のfreetel製品パッケージ
プラスワン・マーケティング時代の記録。量産工程で積み上げられたFREETEL製品パッケージ。

2012ANOTHER BEGINNINGARCHIVE 06

スマートフォンだけではなかった

同じ頃、増田はプラスワン・マーケティングで大型タッチディスプレイの開発にも取り組んでいました。

人が触れ、書き、伝え、仕事や学びに使うためのデバイス。

増田が得た開発経験は、現在のTAKUMI Japanで教育や仕事の現場を考える際の視点にもなっています。

2012年当時に開発していた手書き対応の大型タッチディスプレイ
プラスワン・マーケティング時代の記録。2012年当時の大型タッチディスプレイ。

2012PERSONAL MEMORY / KAORU MASUDAARCHIVE 07

父から贈られた言葉

これは代表・増田薫の個人の回想です。2012年にプラスワン・マーケティングを立ち上げたとき、父から一枚の紙を渡されました。そこに書かれていたのが、山中鹿之助のこの言葉でした。

思い通りにならないことも、何度もありました。それでも、試して、直して、また挑む。

困難から逃げるのではなく、自分の力を試す。この言葉は、増田がものづくりに向き合う際に大切にしているものです。

憂き事の なおこの上に積もれかし 限りある身の 力試さん

― 山中鹿之助
増田薫がプラスワン・マーケティング創業時に父から贈られた言葉を記した紙
増田薫個人の回想。プラスワン・マーケティング創業時に父から贈られた一枚。

端末、そして通信へ拡充

プラスワン・マーケティングは、FREETELのスマートフォンのラインアップを広げながら、端末だけでなく通信サービスにも取り組みました。ここに掲載するのはプラスワン・マーケティング時代の製品・サービスです。

Mobile World Congress 2015では、「SAMURAI PROJECT」を掲げ、海外市場への製品展開を発表。

同社は2015年7月にFREETEL SIMを開始しました。

SIMフリーフィーチャーフォン FREETEL Simple — プラスワン・マーケティング時代のFREETEL Simple
プラスワン・マーケティング時代のFREETEL Simple
FREETEL nico 実機 — プラスワン・マーケティング時代のFREETEL nico
プラスワン・マーケティング時代のFREETEL nico
金箔で円相を描いたFREETEL KIWAMI — プラスワン・マーケティング時代のFREETEL KIWAMI
プラスワン・マーケティング時代のFREETEL KIWAMI
ナイジェリアで発表されたFREETEL ICE2 — プラスワン・マーケティング時代のFREETEL ICE2
プラスワン・マーケティング時代のFREETEL ICE2

FREETEL製品を23か国で販売

プラスワン・マーケティングは2015年頃から海外市場への展開を進め、2017年には23か国でFREETEL製品を販売しました。これはプラスワン・マーケティング時代の販売実績です。

同社はアジア、アフリカ、欧州、中南米など、多くの国と地域へ製品を届けました。

ナイジェリアでは、Googleの記者発表でFREETEL ICE2が発表されました。

TAKUMI JAPAN / SINCE JULY 2018

TAKUMI JAPANの製品開発と実績

2018年7月、増田薫はTAKUMI JAPAN株式会社を設立しました。モバイル端末の開発経験を生かし、日本と米国の市場へ製品を届けてきました。

2018

一本の電話から、
もう一度

代表・増田薫の回想

2018年春。
私は失意の中にいました。

そんな時、アメリカの通信事業者から一本の電話がありました。

「Hey, Masuda-san. ニュースを見たよ。大変だったね。
でもアメリカには、一度大きな失敗を経験してから、本当の経営者としての人生が始まる、という考え方がある。今すぐアメリカに来ないか。」という趣旨の言葉をもらいました。

電話を切った後、心が震え、涙が止まりませんでした。
もう一度やっていいのかな。。。と

これが人生最後のアメリカになるかもしれない。
そう思いながら、友人に渡航費を借りて、私はアメリカへ向かいました。

2018年の渡米時に撮影した、夜のタイムズスクエアの街並み
2018年、米国を訪れた際の記録。タイムズスクエアにて(代表提供)

BRAND STORY / WHY KAZUNA?

「和匠」から、KAZUNAへ

アメリカに着き、キャリアの担当者に会いました。 すると、こう言われました。

「僕にとって、君は日本の“匠”だよ。 もう一度、会社をつくればいいじゃないか。」

その言葉を聞いて、その場で新しい会社の名前を決めました。

TAKUMI JAPAN。

その名前を伝えると、彼は言いました。 「いいね。ちなみにTAKUMI JAPANって漢字でどう書くの?」

私は「和匠」と書いて見せました。 調べてみると、「和匠」は“かずな”とも読める。 そう説明すると、彼は笑って言いました。

「いいね! KAZUNA!(かずーな)」

こうして、TAKUMI JAPANと、米国向けブランドKAZUNAが生まれました。

2018年の渡米時、タイムズスクエアに立つ増田薫
タイムズスクエアにて(代表提供)
2018年の渡米時に撮影したブルックリン橋
ブルックリン橋にて(代表提供)

KAORU MASUDA / DEVELOPMENT PHILOSOPHY

ものづくりで、大切にしてきたこと

軟鉄と鋼
ハードウェアとソフトウェア

開発現場で製品を確認する様子
展示された日本の甲冑

日本刀は、しなやかな軟鉄と硬い鋼という、異なる性質を持つ素材を組み合わせ、何度も鍛え、磨くことでつくられます。

代表・増田薫は、ものづくりにおいて、この考え方をハードウェアとソフトウェアに重ねてきました。

性能の高い部品を集めるだけでは、使いやすい製品にはなりません。

ハードウェアとソフトウェアを一つの体験として設計し、使う人の視点で細部まで磨いていく。

そんなものづくりで大切にしてきたことをアメリカの事業者さんは”匠”と評価してくださったのだそうです。

MOBILE DEVICES / UNITED STATES

米国市場へ

TAKUMI JAPANは、Verizon向けに「KAZUNA eTalk」「KAZUNA eTalk MYFLIX」を開発・供給しました。

米国各地のキャリアショップやWalmartなどを通じて販売。折りたたみ携帯電話からAndroidスマートフォンまで、2製品で累計250万台を出荷しました。

※KAZUNA eTalk・KAZUNA eTalk MYFLIXの2製品合計。TAKUMI JAPAN株式会社の出荷実績(自社集計)

ニューヨークの街並み
ニューヨークにて(代表提供)
KAZUNA eTalk 実機
KAZUNA eTalk/代表撮影
Verizon向けeTalk MYFLIXの前面と背面を紹介した製品ビジュアル
eTalk MYFLIX/製品ビジュアル
Verizon向けに開発・供給した折りたたみ携帯電話 KAZUNA eTalk
折りたたみ携帯電話KAZUNA eTalkVerizon向け/TAKUMI JAPAN
Verizon向けに開発・供給したAndroidスマートフォン KAZUNA eTalk MYFLIX
AndroidスマートフォンKAZUNA eTalk MYFLIXVerizon向け/TAKUMI JAPAN

KAZUNA eTalk5 / JAPAN

言葉の壁を越えて公的機関の現場へ

国内では、翻訳機「KAZUNA eTalk5」を展開。官公庁などに導入され、言葉の異なる人と人をつなぐ場面で活用されてきました。

2018年に発売した翻訳機 KAZUNA eTalk5の前面と背面
KAZUNA eTalk5/2018年発売
TAKUMI JAPANの発売発表資料より

KAZUNA eTalk5

会話も、文字も、翻訳する

2018年12月に発売したKAZUNA eTalk5は、話した言葉を訳す音声翻訳、カメラで撮影した文字の翻訳、離れた相手とのチャット翻訳を一台にまとめた翻訳機です。

3.5インチの画面と、使いやすさを考えた操作設計。旅行先での会話から、仕事や窓口でのコミュニケーションまで、言葉の壁を越えるための製品を届けてきました。

当時の発売発表を見る
KAZUNA eTalk5を使って海外の人と会話する、TAKUMI TVの紹介映像TAKUMI TV / 2018年公開eTalk5で、人と人をつなぐ翻訳機KAZUNA eTalk5の使い方を紹介した当時の公式映像YouTubeで映像を見る

2019 / KAZUNA Selection

Black Shark 2を日本市場へ

TAKUMI JAPANは、KAZUNA Selectionとしてゲーミングスマートフォン「Black Shark 2」の日本市場への正式導入を手がけました。

Black Shark社との提携により、日本向けの認証取得や通信バンドに対応したJAPANモデルを展開。2019年6月7日に国内で発売しました。

Black Shark 2 実機
Black Shark 2/代表撮影
当時の発売発表を見る

2026 / NEW ORGANIZATION

新体制TAKUMI JapanNEXT TAKUMI その先へ

2026年、株式会社ハヤトはTAKUMI Japan株式会社へ商号を変更し、本店を移転。TAKUMI JAPAN株式会社の全株式を取得し、完全子会社としました。

現在はTAKUMI Japan株式会社を親会社とする体制で
教育と仕事の現場に向けた製品づくりに取り組む一方
NEXT TAKUMI その先へ一歩 踏み出します

NOW / EDUCATION / BUSINESS

開発経験を、
教育と仕事の現場へ

代表・増田薫がモバイル端末などの開発を通じて得た、ハードウェアとソフトウェアを一体として考える経験。

TAKUMI Japanは、その視点を教育向け「あすなろBoard」と、法人向け「TAKUMI Biz Board」の製品づくりに生かしています。

使う人から考える。それが現在のTAKUMI Japanのものづくりです。

あすなろBoardを見る TAKUMI Biz Boardを見る
教育向けあすなろBoardの紹介画像
法人向けTAKUMI Biz Boardの紹介画像

NEXT TAKUMI

そして、新しい挑戦へ尽きせぬ想い

NEXT TAKUMIは、TAKUMI Japanによる新しい製品開発の取り組みです

NEXT TAKUMIを見る

CORPORATE INFORMATION

COMPANY PROFILE

会社名
TAKUMI Japan株式会社
本社
〒102-0072 東京都千代田区飯田橋4-3-3-2B
法人設立
2017年7月(株式会社ハヤトとして設立)
商号変更・本店移転
2026年(現商号への変更・本店移転)
完全子会社
TAKUMI JAPAN株式会社(2018年7月設立・完全子会社)
資本金
1,000万円
代表取締役
増田 薫
会社情報を見る